第143回げんさいカフェ(ハイブリッド)を開催、報告文を掲載しました

「流域治水2.0」って何?~高まる水害リスクに備える新たな取り組み

ゲスト:河川工学者 田代 喬 さん
(名古屋大学減災連携研究センター副センター長・ライフライン防災産学協同研究部門特任教授)
日時:2023月10月23日(月)18:00~19:30
場所:名古屋大学減災館1階減災ギャラリー・オンライン
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦 さん
(江戸川大学特任教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)

 げんさいカフェは、「防災対策に資する南海トラフ地震調査研究プロジェクト」との共催で実施しています。

  

このところ毎年のように大きな水害が起きています。それに対して国が最近「流域治水プロジェクト2.0」を始めるという方針を打ち出したんですが、これはいったいどんなものなんだろう?とうことで、河川工学の専門家である田代喬さんにゲストにおいでいただきました。

「なんとか2.0」という言葉は、これまでとはまったく違う新しい「バージョン」が始まるといった意味で使われることが多いですね。そこでその「2.0」についてしっかり理解するために、その前の1.0にあたる「流域治水」とはそもそも何か、というところからお話いただきました。
このところ毎年のように起きている豪雨災害の中でも、2018年の西日本豪雨と、2019年の台風19号=東日本台風の被害というのは、国や都道府県などの河川管理者にとって大きなショックだったということです。
というのも、西日本豪雨の時、倉敷市真備町では川の堤防が右岸と左岸の両方が決壊していたからです。これは従来の水害では考えられなかったこと、ふつうは右岸と左岸のどちらかの堤防が決壊すると、それによって川の水位が下がり反対側の堤防は持つはずなのです。ところが右岸左岸ともに決壊したということは、従来の治水の常識が通じなくなっていることと関係者は受け止めました。
さらに、その翌年の台風19号東日本台風の被害も関係者を驚かせました。この台風では東日本一帯で、国管理の河川の12箇所の堤防が決壊しました。これほど大きな河川が、同時多発的に12か所も氾濫するという出来事は、これまでなかったんだそうで、国や県など河川管理のプロからしてみると、従来の治水対策では、とても太刀打ちできない水害が起き始めている、フェーズが変わったと感じたということだそうです。
そこで登場したのが「流域治水」の考え方、文字通り、流域全体で治水をしようということです。
伝統的な治水対策の考え方は「とにかく、川から水があふれるようなことはあってはならない、だからダムや堤防の整備を」というものだったわけですが、そこから発想を転換して、これからは、これまでの対策では対応できないレベルの大雨が降る恐れがあることを認め、それが起きてもできるだけ被害を小さくする、そのために流域のすべての関係者が協同して対策にあたるという考え方、これが「流域治水」だそうです。

 

この、すべての関係者というのは、国などの河川管理者だけでなく、上流の集水域=つまり降った雨がその川に流れ込む地域で、山や森林や農地を管理する人たちとか、下流の氾濫域=つまり大雨の時には川の水があふれて流れ込むかもしれない地域の人たちも入ることになります。
そしてこれらの人たちが協同してというのは、例えば上流の人たちは、降った雨水が、なるべくゆっくりと川に流れ込むようにして、すぐに水位がピークにならないように、森を保全したり、遊水池をつくって途中に水がとどまるようにするとか取り組みます。
一方、下流の人たちは、川があふれるかもしれないということを前提に、被害を最小限にする対策、例えば、お年寄りの施設などを、リスクの高い地域からリスクの低い地域に移しておくとか、早めの住民避難のための情報伝達手段や避難路の確保をするなどです。民間企業では、浸水被害が起きることを前提に、その後にできるだけすぐに復旧できるような計画を立てておくなどとなるわけです。
3年ほど前に都市河川関係の法律が改正され、この流域治水の考え方がはっきり示されました。法律で指定された河川には、いろんな関係者による会議=流域水害対策協議会が作られ、一緒に計画を考えることになります。また法改正によって、上流では雨水を一時的に貯める施設に補助金が出るようになるとか、森林を伐採するような開発に規制ができるようになりました。そして下流の方では、高リスク地域からの移転や住民への早めの情報伝達のための補助が得られるようになりました。

 

いいことずくめのように思いますが、ではなぜいま「流域治水2.0」が出てきたかというと、どうも国から号令をかけただけでは、この流域治水の考え方が十分広がっているとは言えないからのようです。もともとすべての利害関係者が合意して流域治水が始まったわけではありませんからね。
確かに住民や市町村からすれば、河川管理者からいきなり「川があふれるかもしれないので対応よろしく」と言われても最初は戸惑うでしょう。従来からの河川整備はちゃんと計画通りにやってくれるのか?と疑問を持つのも当然です。
ですから今回、国が2.0を打ち出したのは、本気度をみせるという狙いがあるようだと田代さんはおっしゃいます。国は109河川を指定して、今年度中に実現すると意気込みを見せています。
そして2.0では、より現実的でシビアな被害想定をするというのが1.0との大きな違いだということです。1.0では過去の降雨データに基づいて治水の計画をして、気候変動はそれに追加要素として加味するという取り扱いだったのですが、2.0では、これからの気候変動で雨が増えるということを予め織り込んで治水計画を作ります。平均気温が2度上昇すると、降る雨の量は1.1倍、川の流量は1.2倍になると推計されていますので、それを被害想定にしっかり入れて、そのハザードマップも公表する。同時にみんなで流域治水に取り組めば被害をここまで減らせるということも公表して、協力を呼びかけるようになったのが大きな違いだということです。
田代さんが、すでに2.0に取り組んでいる高知県の仁淀川の例を紹介してくださいましたが、シビアな被害想定の公表と同時に、各市町村が雨水の排水ポンプを増やすとか田んぼダムを増やすとか、浸水センサーをたくさん設置してリアルタイムで浸水状況を住民に知らせるという被害軽減のための取り組みが始まっているそうです。
ただ、109河川のうち現時点では11河川しかまだ計画が始動していないということで、まだまだこれからですね。
でも皆さんも、住民として、流域治水の関係者の一人だということになります。お近くの川も、もうバージョン2.0になっているかもしれませんからもう一度、ハザードマップを確認したり、避難にも関心を持っていただければと思います。
今回のカフェには会場で16人、オンラインで190人にご参加いただきました。田代さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。

 

→ポスター(PDF)

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